かみ合わせの要は顎関節
まず、実際の治療方法をお話する前に、なぜ歯並び・かみ合わせが大切なのか、そして抜かない矯正治療がなぜいいのか、それを私が佐藤教授やスラバック博士から学んだ理論をもとに、できるだけわかりやすく説明しておきます。
これまで歯科の病気といえば、虫歯と歯周病が中心でした。ところが十数年くらい前からしだいに歯並びの悪い子供が目立つようになり、それにともなって顎関節症が増えてきました。そしていまや顎関節症は、虫歯、歯周病に並ぶ歯科の三大疾患のひとつになっています。
歯並びが悪いと、顎関節症になりやすくなります。悪い歯並びが顎関節に過剰な負担を強いて、顎関節の機能を狂わせるからです。顎関節は外科手術が簡単にできず、一度悪化すると治療も困難を極めます。それは顎関節が、他の関節にはない複雑なつくりになっているからです。
少し専門的な話になりますが、顎関節は側頭骨と下顎をつなげる関節で、側頭骨の一部に上顎があります。顎関節のしくみと顎関節部分を拡大したのが図(*現代書林「抜かずに治す矯正歯科45ペ−ジ)です。
下顎の下顎頭という出っ張りが、側頭骨のくぼみ(関節窩)にすっぽりおさまり、その中を前後に回転しながら下顎頭は動きます。この動きによって顎は開閉し、咀嚼や会話などの機能が可能になります。下顎頭と関節窩のあいだには関節円板という組織があり、噛んだときの衝撃をやわらげたり、顎をスム−ズに動かす手助けをしています。いうなればクッションのようなもので、顎関節の機能を守るために欠かせないものです。
体の中にはたくさんの関節がありますが、顎関節はそのなかでも特異なもので、他の関節にはない特徴をもっています。
その第一は、左右の関節が同時に動くことです。関節にはひじや膝のように左右が対になっているものが少なくありません。顎関節もそうですが、他の関節と違うのは、下顎によって左右の関節がつながっていることです。そのため、左右が同時に動くことになります。そして、片方の関節が壊れるともう片方の関節の負担が大きくなり、健康な側も壊れやすくなります。
もうひとつの特徴は、下顎骨が上下、前後、左右という三次元の複雑な動きをすることです。さらに歯によって動きを規制し、制限されます。このような関節は、他にはありません。こういう複雑な動きができるのも、顎関節が「回転」と「滑走」という2つの運動を器用にこなしているからなのです。
回転とは円運動、滑走とは前後に滑る運動のことです。先ほどの図を見てください。噛むとき、丸い関節窩の中に入っている左右の顎関節は、ぐるりと半回転しながら前に滑り出て、噛み終わるとまたうしろに戻ります。このように回転運動をしながら滑走運動をして、顎関節特有の複雑な動きをしているのです。回転運動しかできない他の関節では、こういう複雑な動きはできません。