なぜ小臼歯を抜いてはいけないのか

 歯科医としての私の半生をたどる前に、最近の矯正歯科の動向に対する私の意見や、あるべき矯正治療に対する考え方を、まずお話しておきたいと思います。それによって、私が若い頃から「抜かない矯正治療」をめざした理由もわかっていただけると思います。

 まえがきでも述べたように、現在行なわれている矯正治療では、多くの場合、小臼歯を抜きます。抜かれる歯は犬歯のうしろにある第一小臼歯で、先ほどもいったように上下左右1本ずつで合計4本あります。たいていの場合、この4本を抜きますが、ひどい場合になると、その隣奥にある第一大臼歯までふくめて、8本も抜いてしまうこともあります。

 いうまでもないことですが、人間の体に無駄なものは何ひとつありません。当然歯にも、無駄な歯など1本もありません。歯の1本1本の役割や、本来どのように並ぶべきかなどを解明したのが人間咬合学です。歯は順番に、それぞれの角度をつくりながら、あるべき位置に生えてきます。そしてどの歯にもそれぞれ重要な役割があります。まえがきで触れたように、第一小臼歯も顎関節を守るなど、他の歯には代えられない役目をもっており、そのためにあるべき位置に並んでいるわけです。それぞれ役目をもっている歯のなかで、唯一例外なのは第三大臼歯、つまり親知らずです。人体の進化の結果、盲腸がいらない臓器になったように、歯では親知らずが役目をもたなくなってしまいました。むしろ、逆に弊害を起こすこともあり、大人になってから抜くケ−スもしばしばあります。そのため私は、歯を抜く必要があるときは、この問題のある親知らずを抜いて治療します。しかし、現役で正常に働いている必要な小臼歯は抜いていいわけがありません。

 では、なぜ一般的な矯正治療では、第一小臼歯を抜くのでしょう。それは、第一小臼歯を抜けば簡単に前歯が並ぶスペ−スができ、歯並びの悪い前歯が劇的にきれいになるからです。つまり、きれいになることの代償に、健康な歯を4本ないしは8本も抜くわけですが、どう考えてもおかしい話です。歯を抜かなくても、歯並びの矯正はできますし、きれいな前歯にもなるのです。実際に私のクリニックでは、100%に近い患者さんが、第一小臼歯を抜かずにきれいな歯並びになっています。

 悪い歯並びは抜かなくても治りますし、健康な小臼歯を無理してまで抜く必要はまっくないのです。

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