- 情報提供として
理事長 岸本雅吉が執筆した『抜かずに治す「歯並び」』をお渡しします。
そういう大切な歯をいとも簡単に抜く。これまで何度も述べてきたように、それが私の歯科医学生時代はもちろん、いまも矯正歯科の主流になっています。ことに美容を主とした目的の矯正治療では100%が抜歯しているといっていいでしょう。
現在日本で行なわれている矯正は、犬歯のうしろにある第一小臼歯を抜いてすき間をつくり、そこにはみ出した前歯を並べる治療法です。ちなみにここでいう前歯とは、犬歯から犬歯までの6本(中切歯、側切歯、犬歯各2本)をさします。この6本が大臼歯や小臼歯に押されて歯列からはみ出し、歯並びが悪く見えるのです。
もともと顎のスペ−スが小さく歯が並びきらないから、それを歯列に全部並べるためにはスペ−スが必要と考えてしまいます。そのスペ−スを、小臼歯を抜いてつくると考えるわけです。前述したように小臼歯は、第一・第二小臼歯が左右に2本ずつ並び、上下に8本あります。このうち抜かれるのは犬歯の隣の第一小臼歯(まれに第二小臼歯)で、通常は上下で4本抜きます。親知らずがかみ合わせを圧迫している場合はそれも抜きますから、最大で8本抜くケ−スもあります。32本中の8本ですから、全部の歯の4分の1にあたります。
健康な歯をこれだけ抜くのは、歯科医として心が痛みます。私たち歯科医の仕事は、歯を守り、その歯を役に立つようにして患者さんの口腔をよい状態にし、全身の健康を保つことです。しかし、健康な歯を抜くことで、全身からみた健康は確実に損なわれすくなります。
歯を抜くと、抜いた部分の骨がまずやせ衰え、さらに全体に噛む力が落ちるため、口腔全体がやせ細ってきます。また歯の高さも足りなくなり、咬合平面のたれさがり持ち上がりがおきてきます。歯がなくなったことでまわりの歯も傾き、かみ合わせも悪くなってきます。
このように、歯を抜くことのデメリットは、数えあげるときりがありません。それにもかかわらず、なぜ小臼歯を抜く矯正治療が行なわれているのでしょうか。
歯並びで気になるのは、前歯です。日本人の場合、萌出順序や顎の大きさなどから、前歯のなかでも犬歯がいちばん飛び出しやすくなります。しかし、犬歯や中切歯、側切歯を抜くわけにはいきません。この6本がきれいに並んでいるから、歯並びもきれいに見えるのです。
では、大臼歯を抜いたらどうでしょうか。大臼歯は顎の奥のほうにあり、前歯から遠く離れています。そこにスペ−スをつくっても、前歯をそこまで動かすのは大変です。あいだに小臼歯が2本もありますから、まず小臼歯を動かし、それから前歯を動かさなければなりません。
そんな面倒なことをするより、犬歯のすぐうしろにある第一小臼歯を抜けば、前歯はいとも簡単に動かすことができます。小臼歯は左右に4本もありますから、2本くらい抜いても差し支えないだろうという考えから、抜歯矯正が始まったのでしょう。また、小臼歯を抜いて歯列矯正をすると、前歯がダイナミックに移動し、仕上がりが劇的に変わります。術者としても、説明や技術的な問題も楽に思えます。当然、患者さんの満足度も大きく、それも小臼歯を抜く理由になったのでしょう。
前にお話したように、私は歯科医学生のころから、健康な歯を抜くことへの疑問をいだき、矯正歯科医になってからは、その疑問をなんとか解消したいと願っていました。しかし、現実には抜歯矯正法しかなく、私の模索の日々がつづくことになったのです。